TARO’s コラム

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2025.11.02

 

”関東山ノ辺の道”シリーズは今年のテーマの一つ(歴史古街道団・主催)。古代からずっと関東山地の麓を南北方向に、群馬県と湘南の大磯を結んでいた貴重な古街道です。

 

今回は埼玉県の高麗(日高市)の巾着田付近をちょうど通る「高麗峠越え飯能道」でした。初期の高麗郡家は実はここだった?!というロマンや、「高麗若光ライン」という私説を基に高麗本郷や中世・岡上氏、中山氏の館跡、慶応4年の戊辰戦争の一つである飯能戦争ゆかりの地などを巡りました。

 

今後は12月に狭山茶畑や金子氏の里も探索も計画しています(一般参加はいつも大歓迎です。申し込み不要です。*グループ参加はHPまでご一報ください)。

 


2025.10.22

 

投稿 僕の大好きな赤い橋「長野県宮田村」の北の城橋は、美しい天竜川に架かる小さな橋。

なんだか映画「マディソン郡の橋」のラブストーリーを想いだしてしまう💚。

12年間アドバイザーとして関わらせて頂いた駒ヶ根フットパスが、遂に隣の宮田(みやだ)村と「伊那街道フットパス」を協働で開催。

 

二つのアルプスに挟まれた夢のような場所には、まだまだ古い宿場の風景が広がる。村長さんや前市長さんも、学芸員さんも、そして地元の様々な方が協力して、静かなまちに、各地から集まった初めて顔を合わせる人たちが交流して賑わうからすごく楽しい。

 

宮田村では、わたくし宮田も「道ism(ミチズム)の可能性」をテーマにお話しさせて頂き、皆さんにとても喜んで頂けたようでした。清らかな空気の中で、これからも続くフットパスの集い。いつでも誰でも優しく包んでくれる伊那谷の古街道(古代から近世の道がいっぱいあります)を一度訪ねてみて下さいネ。

 


2025.10.07

 

なんだかやたらに忙しい10月初旬になりました。TBSラジオ「東京042 立飛プレゼンツ 多摩もりあげ宣言」という番組の収録で赤坂へ(放送は来る10月11日土曜日の15時25分から30分間です。是非お聴きください)。で、翌日はNHK学園で20年間で230回以上のツアー講師活動に感謝状を頂き感激でした。続いて聖蹟桜ヶ丘で、アニメ映画「耳をすませば」の聖地やその他の歴史を観光に活かした活動を元気に展開されている「せいせき観光まちづくり会議」の現地ウォークや展示(京王ショッピングセンター7階通路で開催中)に参加。

 

この地こそが僕の故郷なので、少年時代の思い出を所々で参加の皆さんにお話しました。当時の聖蹟桜ヶ丘駅前はまだ一面の田んぼで、駅舎が小さく、夏はカエルの大合唱、多摩センター駅も永山駅もなく、そのあたりも菜の花が咲き乱れ牛がもうもうと鳴き…、単線だった京王線の多摩川鉄橋が遊び場で、よく電車が停まっては車掌さんが降りてきて、「こらぁ!こんなところで遊んでるんじゃない!」と…追っかけられ…(いま京王線を停めたら大騒ぎになることでしょうが)、のんびりしていた時代。

 

耳すまに出てくる風景は小学校時代の実家のあったすぐ目の前で遊び場。頂上の「関戸城址」に大人になってから歴史解説ボードを建てました。どうも宮崎駿さんは、この辺をよく歩いていた時に、僕の解説板を見ていたらしく??、アニメの中でも似たような解説板を描いておられました!。

 


2025.09.28

 

「”狭山”地名発祥と狭山池の謎 ~難波から来た百済系渡来人・王辰爾と狭山池~」をテーマの現地探索ウォークを開催(歴史古街道団。講師ガイドみやたたろう)。

 

東京都の瑞穂町の箱根ヶ崎駅から出発して、駅前にある武田信玄の家臣「加藤丹後守一族の墓」~横田基地北方のエコパーク内の「伝・鎌倉街道」跡へ…。そして実際は今の3倍以上の大きさだった?狭山池と残堀川に秘められた300年に一度の大水害のこと、大阪から来た渡来人・王氏が、狭山池の名前をここに移したという壮大な歴史ロマンを取り上げました。

 

狭山丘陵は実は古代の歴史的な謎が集中するところです。30年ほど前から継続して断続的に開催してきたテーマ。終点の瑞穂町郷土資料館ではちょうど甲冑展が開催されていました。北条氏康の三つウロコマーク付きの兜にも出会えて感激でした。